創作陶芸家、仲田康生の戦国武将人形を販売しております。オリジナル人形の制作も承ります。端午の節句やお祝いにどうぞ。

家康・康生歴史的対談「端午の節句」編

徳川家康(とくがわ いえやす)

江戸幕府初代将軍。三河国岡崎の生まれ。
1603年征夷大将軍となり江戸に幕府を開く。将軍職を秀忠に譲って駿府に移った後も大事は自ら決した。大阪の陣で豊臣を滅ぼし、名実共に天下を統一。

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戦国での壮絶な天下取り争いを制した男は なお現代でも輝く。

蘇る戦国武将陶人形家「仲田康生」と、康生の手によって蘇った「徳川家康」との緊急対談。
お題は古代中国から始まり、鎌倉時代に日本に伝わった「端午の節句」。
家康の豆知識に康生ただただ感心。
戦国での壮絶な天下取り争いを制した男はなお現代でも輝く、白熱の60分。
3分にまとめた対談編。是非お楽しみください。

確かに私も様々なお宅の片隅に鎮座しても良い気分です。(家康)

康生:こんばんは、家康さん。本日はお忙しい中、わざわざ有難うございました。

家康:いえいえ、家康、光栄です。実は「端午の節句」の歴史とちょっとだけ私は縁がありますので、その辺も交えながらお話させて頂けたら幸いです。

康生:あ、そうだったんですね。どんな関わりがあるのか是非知りたいです。
実は私が作っている戦国武将陶人形の中で家康さんが一番人気と言うこともあり、今日の対談ずっと楽しみでした。宜しくお願いします。

家康:こちらこそこの日を心待ちにしていました。「遠州森町の仲田康生」の名は私たち戦国武将の間でもちょっと有名です。
「よくぞ蘇らせてくれたぞ」と。
私は1542年、今から464年前の12月26日に生まれ、75歳の1616年4月17日に一旦亡くなりました。
ちなみに私と同じ誕生日の有名人では、毛沢東さんがいます。まあ私の351年後ですが。

康生:有難うございます。それではそんな豆知識も豊富な家康さんに早速ですが、そもそも「端午の節句」と言うものの意味を教えて下さい。

家康:はい。それでは「端午の節句」を5W1Hで解説していきましょう。
・WHEN(いつ)&WHERE(どこ)&WHO(だれ)
起原は、古代中国ですね。日本では奈良時代あたりと言われています。

康生:かなり古く歴史的な行事なんですね。

家康:はい、ちなみに中国の戦国時代、紀元前278年のことです。
楚(そ)の国に高名な詩人がいました。国王の側近としてつかえ、人々からも慕われていましたが陰謀のため国を追われてしまいました。そこで悲嘆にくれた詩人はついに川に身を投げてしまいました。その日が5月5日。悲しんだ人々は、たくさんのちまきを川に投げ入れて弔ったと言います。
この物語が、端午の節句にちまきを作って食べるという風習の起源だと言われています。

康生:ちまきまで・・・。有難うございます。

家康:ちなみに、ちまきなんですが、元々は、武士が戦をする時のための、携帯食&保存食として考案されたとも言われていますが、中国から渡ってきたとこの話からは推測できますね。
越後(今で言う新潟あたり)に居た上杉さん(謙信)が考案とも言われていましたが、上杉さん残念。
ちまきに、失礼、ちなみに、竹には抗菌作用がありまして、その笹の皮でオニギリを包む事によって、腰にぶら下げる事ができ、なおかつ数日は保存も効く様にしたと言う事です。

康生:駄洒落まで入れて頂き、勉強になります。

家康:それでは、続きまして、
・WHY(なぜ)&WHAT(なに)&HOW(どのように)
健康と厄除けを願う風習からですね。
古代中国では、端午の節句の日に人々は蘭の湯に浸かり、薬草である菖蒲酒を飲み、その菖蒲で体のけがれを祓って健康と厄除けを願いました。

康生:なるほど。

家康:この行事が、後に日本の宮中から源さん(頼朝)たち、鎌倉の武家社会へと拡がったのですね。
特に武士は菖蒲を「尚武=武をたっとっぶ」とかけて、5月5日を尚武の節目の行事とし、盛んに端午の節句を祝うようになりました。

康生:家康さんの江戸時代はどうだったんですか?

家康:そうですね、やがて江戸時代に入ると、幕府は5月5日を重要な日として定めます。
5月5日には、大名や旗本が式服でお祝い品等を携え、江戸城に出向くようになります。
これ以降、武家に男の子が生まれると、門前に馬印(うましるし)や幟(のぼり)を立てて男児誕生を衆々に知らせ、お祝いました。

康生:なるほど、確かにあの頃は特に男児の誕生は、とてもめでたいことでしたからね。

家康:はい、これらの風習が、やがて裕福な庶民の間へと拡がりを見せます。
しかし庶民は、幟旗を立てることは許されていなかったので代わりに盛んに鯉のぼりをあげるようになりました。
やがて庶民は、端午の節句に、鯉のぼりだけでなく紙の兜や人形を作るようになり、武者人形などに発展していきました。

と言った感じです。

康生:なるほど。さすが天下分け目の関ヶ原合戦では情報戦で勝利したと言われる家康さんだけあって、良く整理された情報からの分かりやすい説明でした。
まさか5W1Hが出るとは思いませんでしたが・・・。

家康:そうですね、(私たちの頃は良く飛脚を使ったものですが)例えば今日本のサイト数は6800万サイトを超えると言われています。
世界中のインターネット上では、45億以上の数があるといわれています。
そんな情報過多の時代だからこそ、改めて5W1Hを意識した情報は大切ですね。
このホームページは大丈夫ですか?
おっと、すいません、端午の節句とは離れてしまいました。

康生:・・・。勉強になります。
ところで、最近のネット事情までも詳しい家康さんにお聞きしたいんですが、家康さんの時代から端午の節句は兜や武者人形だったんですか?

家康:そうですね、端午の節句・・・、幼少時代、私は生まれてすぐ人質になったので温かな思いをすることができませんでした。

康生:存じています。わずか3歳でお母様の於大(おだい)さんと生き別れていますね。
6〜8歳まで織田信秀(信長の父)、8〜19歳まで今川義元の人質生活を強いられた家康さんの心中どんなに苦しかったか。

家康:忍耐強く頑張ったお陰で天下取れました。まあここではそれ位にするとして、そうです、私たち時代の端午の節句も兜や武者人形でした。
「鎧兜」というと、「どうして戦争の道具を飾るの」とおっしゃる方もいらっしゃいます。
確かに私が天下を統一して泰平の世になってからも、甲冑は作られ続けました。
その時の甲冑は戦いの道具としてではなく、武士が願いをかけて大願が成就した時、神社に奉納するために作られ、それがいつしかインテリアとして家内に飾られるようになったのですね。

康生:なるほど、私も昔息子が生まれた時に買った節句人形がありますが、いつ頃でしょうか、どこに行ったかわからないような扱いになってしまっています。その時期になると出したり片付けたりで大変と言うこともありまして。
かぶとなどの金属の場合、手で触ると人間の脂がつき錆びるので扱いも大変ですし。

家康:そこなんですね。確かに伝統的行事なのでお孫さんのために買ってあげたいけど、結局喜ばれるのはまさに最初の一ヶ月とせいぜい子供が飽きてくる7歳位までと言うことが皆分かってきた。更に保存も大変だし、肝心のお孫さんは男の子ゆえに自分がそんなことされたとは歳を取っても気付いていないし、感謝もしてくれない。

康生:そうなんです。20万、30万円と掛かる伝統的な素晴らしい儀式が今危機に立っている。
そこで家康さんを初めとした、私たちの戦国武将陶人形がお陰さまで大人気なんです。

家康:私が一番売れているのは嬉しいことですが、果たしてどこが今までの鎧や兜と違うんですか?

康生:はい、まず時代の流れが速くなり多様な価値観が尊重される時代風景もあるでしょうが、まず「これまでのもの(鎧・兜)には飽きた。」と言って買って下さる方が居ますね。「この迫力・大きさで15万円は安い!」とびっくりもされます。

家康:なるほど。あ、先ほど言っていた保存も簡単ですね。

康生:そうなんです。桃の節句は飾りっぱなしですと「婚期が遅れる。」などと言って早々にしまってしまいますが、端午の節句はそのような言い伝えはないようなのです。
そんなこともあり、私たちの戦国武将陶人形はそのまま飾ったままの方も多くいらっしゃいます。アパートや邸宅でもどこでも愛され、馴染むんですね。

家康:なるほど、確かに私も様々なお宅の片隅に鎮座しても良い気分です。
鎮座し何年もそこに居て思うのが、この武将陶人形はその祝ってもらった張本人の男の子が歳を取るに連れ、歴史を勉強したりして、私のことを益々好きになってくれてるのです。
多分これが兜だったら見もせずに成長してしまうかもしれませんが、学校でも「斉藤君の家に変わった家康居るよな。」って言われて鼻高々みたいです。

康生:お陰さまで、これまでたくさんの戦国陶人形を買って頂きましたが、そう聞きます。
いつまで経っても色あせず、むしろ時が経てば経つほど味が出るんですね。それが人気の秘密みたいです。

家康:最近では顔がオリジナルの特注人形も凄い人気みたいですね。

康生:はい、一歳の時と言うのはその瞬間しかないですよね。
その感動や純粋さをずっと忘れないで生きて欲しいとの願いから顔をその子のオリジナルにしたいと言う要望があり、本格的に取り組み始めました。
これは端午の節句のみならず、贈り物などにも喜ばれています。

家康:仲田さんの作品から幸せがたくさん生まれることはとても嬉しいことです。
その分私がご家庭に行く機会が減ってしまうかもですが、売れ筋5位以下の武田信玄君あたりにも頑張ってもらいたいですね。

康生:これからも家康さん宜しくお願いします。

家康:こちらこそ宜しくお願い致します。

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